痛みは主観的な症状でそのつらさは本人しか理解できないものと言われます。痛みの程度を客観的に説明することは大変難しいのですが、人では痛いことを言葉で訴えることができます。動物でも鳴き声をあげることはありますが、我々が動物の言葉を理解することはできません。ネズミを用いた痛みの評価はネズミが痛いと考えられる刺激(侵害刺激)を与えた時のネズミの行動観察によって行います。例えば、代表的な方法としてホットプレートを用いる方法があります。ホットプレートを熱くしてその際に起こる行動から測定するものです。侵害刺激としては、熱刺激のほかに、尾を挟むなどの圧刺激、酢酸の腹腔内投与などによる化学的侵害刺激、手術による刺激などがあります。このような刺激を加えた際の行動変化を指標とすると、鎮痛薬はその行動変化を抑制する作用を発揮します。すなわち、侵害刺激を加えて起こる行動が臨床で鎮痛作用のある薬物により抑制されることは、この評価方法が痛みを評価している一つの証拠となります。痛みは文学的あるいは哲学的な表現にも用いられるため、医学的には疼痛という用語を用います。以下に具体的な疼痛評価方法を紹介します。

5-1 熱刺激

5-1-1 ホットプレート法(Hot plate)

 高温に保つことができるホットプレート上にネズミを置いて熱刺激に対する反応(尾や足を上げたり舐めたりする行動)が現れるまでの時間を測定します。ホットプレートは高温(50-55度程度)に設定して、最初にこのような逃避行動が見られるまでの時間を測定します。あるいは、低温から一定速度で徐々に温度を上げ反応が認められる温度を測定する方法もあります。マウスやラットはホットプレート上のケージ内で自由に動ける状態で、逃避行動は肉眼観察で判定します。鎮痛薬などの投与で熱刺激に対する反応が抑制されていることがあり、熱刺激による測定では組織の損傷を防ぐために予め最大観察時間(1分)や最高温度を設定して、それ以上の熱刺激を与えないことが大切です。

5-1-2 テールフリック(Tail flick)法

 熱刺激を尾に与えれば、多くは尾を振り上げる動作が認められます。このような動作をテールフリック(tail flick)といい、尾に熱刺激を加えテールフリックを観察する方法をテールフリック法と呼ぶことがあります。赤外線センサーなどでテールフリックを自動検出してテールフリックまでの時間や温度を記録する自動測定装置もあります。ネズミは装置上に固定する必要があり、拘束ストレスによる鎮痛閾値の変化を考慮する必要があります。

5-1-3 ポーフリック(Paw flick)法(Hargreaves plantar test)

 足蹠(足の裏)へ熱刺激を加えれば、足を上げる、舐めるなどの行動が見られます。ホットプレート法でも足蹠に熱刺激が負荷されますが、特に足蹠に熱線を照射し足を動かす動作を自動検出する装置による測定方法をpaw flick testもしくはHargreaves planter testといいます。ネズミは装置内で無拘束の状態で測定しますが、熱線を確実に足蹠に照射するために、探索行動が終わり動かなくなってから測定します。熱線を照射する際に足がぬれていれば熱線の効果が低下しますので、尿などで濡れないように注意が必要です。

5-2 圧刺激

5-2-1 テールピンチ法(Tail pinch)

 ネズミの尾をピンセットなどで挟んだ際に尾を振り回したり舐めたりする行動から痛みの程度をスコア化して評価します。高価な道具を必要とせず簡便な評価方法ですが、痛みの強さを段階的及び客観的に評価することが難しい方法です。クレンメ、鉗子や洗濯挟みなど一定の強さで挟むことができるものを用いてそれぞれの個体への刺激レベルを等しくするよう工夫が必要です。さらに、挟む場所が尾の付け根か先端かによって刺激レベルが異なりますので、一定の場所に挟む必要があります。

5-2-2 Randall Sellito法

 ラット・マウスを保持して後肢に一定の速度で圧力を加え、肢を動かすなどの逃避反応を起こす閾値を測定します。マウスでは尾に加圧することもあります。連続的に加圧し、測定者がフットスイッチを切ってその時点の圧を計測する測定装置があります。テールフリックと同様に測定時に動物を拘束するため、拘束ストレスによる鎮痛閾値の変化を考慮する必要があります。

5-2-3 von Frey

 von Frey filamentもしくはvon Frey hairと呼ばれる太さの異なる繊維をネズミの足蹠に繊維が曲がるまで垂直に押し当て、肢を動かす逃避行動の有無を観察します。フィラメントの太さにより曲がるまでに必要な圧力が異なるので、逃避行動の認められたフィラメントを特定することによりどの程度の圧力負荷で痛みを感じているかが推測できます。通常フィラメントによる圧刺激は痛みを感じるものではなく、アロディニア(allodynia:異痛症)の試験に用います。ケージの下から刺激が可能な金網ケージとvon Frey filamentがあれば肉眼観察で測定可能ですが、逃避行動の認められる閾値の圧力を自動で測定する装置も販売されています。メーカーによりelectronic von Frey anesthesiometer (電動von Frey触覚計)あるいはdynamic plantar anesthesiometer (動的足蹠触覚計)などと呼ばれています。

5-3 化学的侵害刺激

5-3-1 酢酸writhing法

 マウスに0.6%の酢酸を0.1mL/10gで腹腔内投与し、酸による腹腔内の炎症に由来するwrithing(腹腔を床に押し付けて伸びをするような身もだえ)の回数を10分間程度計測します。肉眼で観察するため、測定装置の必要もなく簡便な方法ですが、動物福祉の観点から現在はあまり使用されません。

5-3-2 ホルマリン足浮腫

 1.5-5%のホルマリン溶液を0.05-0.1mLラット・マウスの後肢に皮下投与し、自身の投与した肢に対するlicking(舐める)、biting(噛む)、flinching(引っ込める)行動を観察します。反応は投与直後のホルマリン刺激による第1相とその後に観察される炎症性反応による第2相の二相性に現れます。5%ホルマリン10μLのマウス後肢足蹠皮下投与では、投与後30分程度lickingとbitingが観察されますので、これらの行動の回数と持続時間を観察します(30-60分程度)。肉眼観察のためストップウォッチがあれば測定装置は必要ありません。

5-3-3 カラギーナン(カラゲニン)足浮腫

 1%カラギーナンを0.1mL (0.1%を0.5mL)マウス・ラット後肢足蹠に皮下投与し4時間後、後肢の体積を測定し浮腫を計測します。浮腫を炎症の指標とし、炎症があれば疼痛が起こるものと推測されますが、急性の疼痛反応は観察できません。炎症は数時間かけて進行し、1日程度持続します。炎症により痛覚過敏が形成されるとvon Freyなどによって刺激に対する過敏性が観察できます。炎症による浮腫の体積は、plethysmometerで測定します。

5-3-4 アジュバント関節炎

 フロインド完全アジュバント(mycobacterium死菌の流動パラフィン懸濁液)を後肢足蹠皮内に投与し関節炎を惹起します。炎症による足浮腫はカラギーナン足浮腫と同様、plethysmometerを用いて、アジュバントを投与していない反対足の2次性炎症と比較して評価します。腫れの程度をスコアとして評価するもしくはノギスなどで測定して評価する方法もあります。膝関節の滑液腔や踵の関節、尾皮内への投与を行うこともあります。投与後数時間から、長期試験では4週間程度関節炎を評価します。炎症による疼痛過敏の測定には上記von Frey やHargreaves plantar testを用います。

5-4 Weight bearing測定法

 麻酔下で関節内の腱の切開や腹腔切開などの外科的手術をし、麻酔から回復後の行動観察で手術に伴う疼痛(手術痛)を評価します。片足に手術をすれば痛い足をかばう歩行が見られ、腹腔の切開で疼痛があれば腹腔を床につけた姿勢が認められます。このような行動の消失には痛みの低下もしくは消失と考えられますが、通常、肉眼観察により行動を評価します。肉眼観察では、疼痛レベルの客観的な評価が難しいのですが、痛みのある片足をかばう様子はweight bearing測定法により装置で数値化して測定することができます。痛い足に体重がかからないようにして痛みを和らげようとする行動をそれぞれの足にかかる重量(体重)として数値化するもので、左右のアンバランスが痛みの指標となります。測定装置はincapacitance testerとも呼ばれ、2個の重量センサーの上に左右の後肢をそれぞれ載せて重量を測定するものです。前肢がセンサーにかからない姿勢となるようにケージの形状が工夫されていて、無拘束の状態で測定できます。片足に疼痛を生じさせる処置は、手術だけではなく上述のカラギーナンやアジュバントによる炎症も利用されます。

 熱や圧による外部からの侵害刺激に対する反応で測定する方法と異なり、直接的な刺激がなく痛い状態を測定するという意味でweight bearing測定法は大変優れた方法です。

5-5 かゆみの測定法

 かゆみは痛みと同じ神経終末で受容され同じ神経線維(C繊維)で大脳に伝えられますので、かゆみの評価方法についても簡単に紹介します。ネズミでもかゆみがあればひっかき行動が認められますので、ひっかき行動を測定してかゆみを評価しています。ひっかき行動は肉眼観察のほか、高速度撮影ができるカメラで撮影してPCにより画像解析をする方法や、後肢皮下に磁石を埋め込みひっかき行動による後肢の動きを磁場変化として捉えて回数を測定する装置もあります(1)

5-6 おわりに

 ネズミによる疼痛もしくは鎮痛薬の評価方法は外部からの侵害刺激に対する反応を測定する方法が殆どで、さまざまな病気における人の痛みを評価するモデルとしては不十分と言わざるを得ません。化学的侵害刺激による炎症反応に伴う疼痛を評価する方法は人の病態に近いモデルと考えられますが、酢酸writhing法を除いて炎症部位は肢に限られていて、例えば、人で鎮痛薬が必要とされる頭痛や癌性疼痛のモデルにはなりません。痛みの動物モデルの難しさは主観的な症状を客観的に評価することの難しさであり、言葉の理解できない動物での評価は不可能に近いといえるかもしれません。そのような中で、weight bearing測定法による評価はネズミが痛い足をかばうという主観的な痛みによる行動を数値化して客観的に測定する優れたアプローチを提供しています。ネズミを用いた様々な病態モデルで痛みに伴うと思われる行動が解明されれば、新たな疼痛モデルが開発されるかもしれません。

参考文献

実践行動薬理学

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