中枢(脳)に作用する薬物には運動量に影響を与えるものが多くあります。例えば、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬は催眠作用を有し、高用量で中枢抑制作用を示し運動量を減少させます。新規環境での測定において低用量では抗不安作用によって探索行動を増加させ運動量は増加します。中枢刺激作用のある覚醒剤などは興奮作用を有し、運動量を増加させます。末梢での運動障害や疲労や感染症の発熱などでも運動量は減少しますので、ネズミの全身状態を推測するための基本的な指標の一つとなります。同じく、摂餌量は通常食欲を示していると考えられますので、健康状態のバロメーターとなります。このような背景から、ネズミを無麻酔無拘束で使用するin vivo試験では欠くことのできないのが運動量と摂餌量の測定です。夜行性のネズミでは、自発運動量や自由摂餌の摂餌時間は夜間に多い日内変動を示し、特に運動量はサーカディアンリズム(circadian rhythm: 慨日リズム)のよい指標ともなっています。また、2種類の餌で選択試験をすれば摂餌量が嗜好性の指標となり、open field testでは運動量(探索行動)が不安の指標となります。このように運動量と摂餌量の測定は行動薬理の基本です。

8-1 運動量

 人の運動量では、皆さんは運動をスポーツととらえて、走ったり泳いだり球技をしたりするような激しい運動の総量を想像するでしょうか。あるいは、体を動かす日常動作全ての総量としての運動量を想像されるでしょうか。人の運動量を測定する装置に万歩計がありますが万歩計では座ったままで手などの上半身を動かす動作はカウントされません。近年は3次元加速度センサーを用いて歩行だけではなく全身の動きを検出する装置も市販され、計測値を活動量と称していますが、後者はこの数値に近いかもしれません。

 ネズミの運動量でも測定装置(測定原理)によってどのような動きを測定しているかが異なりますので、測定された数値の比較は同じ装置で測定した結果で行うのが原則です。論文の記載事項を参照する場合には特にどのような測定原理の装置で測定した運動量であるかを注意して検討することが重要です。以下に現在用いられている運動量の測定方法と装置について紹介します。

8-1-1 Open field test

 床に升目を記載したケージにマウスもしくはラットを入れ、一定時間に升目を何回横切ったかをカウントすることによって運動量を測定します。肉眼観察によっても測定できる安価な方法ですが、比較的広いスペースが必要となります。ビデオ撮影して確認しながらカウントすればより正確となり、また、ケージの中心部と周辺部にエリアを分割して横断回数を測定すれば、不安の評価となります。この試験では新規環境での場所の移動を測定しますので、おもに探索行動を反映していると考えられ、不安が抑制されれば中心部での運動量が増加します。ビデオ撮影したものは、PCに取り込んでソフトウェアで自動解析する方法もあります。

8-1-2 ビデオトラッキング(Video Tracking)

 マウスやラットをビデオ撮影し、ビデオの画像を解析することによりネズミの位置を割り出して、移動距離を測定します。正確なトラッキングができれば移動距離は正確で、エリア毎の移動距離や移動速度、移動の軌跡データやビデオ画像など多くのデータが一度に取得できる大変有用な方法です。

 一般的に対象となる動物と背景(ケージの底)の明暗の差から動物を識別してトラッキングしますので、白いマウスであればケージの底は暗い(濃い)色で照明の反射が少ないものが測定しやすくなります。床敷きに潜ってしまうとトラッキングはできなくなります。通常のカメラ(可視光カメラ)では暗期のトラッキングは不可能で、暗いところでは赤外線カメラなど特殊な装置が必要になります。通常、対象となる動物は1視野に1匹だけですが、マウスに色を付けたカラートラッキングで複数のマウスを同時にトラッキングするソフトもあります。色分けして複数を同時にトラッキングする方法は明暗差による1匹のトラッキングより難しく、正確に測定できなくなる可能性は高くなります。

 上記の様な測定上の制約があり比較的初期設定が難しい測定方法で、初めは1000万円を超えるようなシステムでしたが1/10程度の比較的低価格なトラッキングソフトウェアも販売されるようになり、徐々に普及してきています。また、近年はマウスやラットだけではなく、メダカやゼブラフィッシュなど魚でもトラッキングが使用されています。

8-1-3 赤外線ビームセンサーによる測定装置

 動物が赤外線ビームセンサーを遮断することによって移動を検出する装置で、センサーの遮断回数をカウントすることによって測定する装置と、密に配したセンサーによって動物の位置を検出してそのセンサー情報から動物の移動を測定する装置の2種類があります。前者はセンサー数が少ない安価な装置で大まかな運動量を測定するもので、後者は比較的細かな動きも検出可能でエリアを分けた運動量の測定など高度な解析が可能です。いずれも対象となる動物は測定エリアに1匹だけです。

 8-1-3-1 飼育ケージ設置型

High Density Cage Rack Frame
写真はLafayette Instrumentより引用

 透明な飼育ケージの外側に赤外線センサーを装備した枠を置いて、ケージ内のネズミの動きをセンサーで測定する装置で、装備しているセンサーの数、間隔はメーカーにより異なっています。ネズミを飼育している状態での長期間の運動量を測定する目的で使用され、サーカディアンリズムの研究やエネルギー消費量に影響する自発運動量の測定などの目的で使用されます。

8-1-3-2 SCANET

 センサーが密に配置されている測定装置は商品名SCANETと呼ばれるものでMV-40という機種ではセンサーが6 mm間隔で72×72(計144個)個配置されています。このセンサーによって測定エリア内での動物の位置を検出し、PCにデータを送信し移動距離や滞在時間、移動の軌跡を得ることが可能となっています。設定したエリア毎のデータが取得できることから、装置内に明暗ケージを入れて不安(Light/dark test)や強化効果(CPP法)の測定や、open field testでの探索行動の測定などに使用されています。小さな動きが検出できることから専用の水槽を入れて強制水泳試験(うつの評価)にも応用可能です。装置内のケージにネズミを入れるだけで暗室でも測定可能な使いやすい装置で、ビデオトラッキングに近いデータが得られる優れた装置ですが、次の点に注意が必要です。測定可能なエリアは装置の大きさによって限定されるためビデオトラッキングと異なり迷路などの大きな装置上にいるネズミの運動量の測定には使用できません。横からの赤外線ビームを検出するセンサーのためケージは赤外線が透過可能なものに限定され、ビームが遮断される障害物をケージ内に置くことができません。ケージのふたにつかまる等ビームの高さから動物が外れてしまうと検出できなくなります。これらの注意点は前項の飼育ケージ設置型についても同様で、床敷きや餌、水が障害物とならないよう注意が必要です。また、装置が大きく(MV-40:約 560W x 560D x 330H)、広い設置スペースが必要となります。

8-1-4 焦電型赤外線センサー

 人が近付くと自動で照明をつける装置などに利用されている人感センサーと同様に対象物が発する赤外線(熱)をとらえるセンサーが焦電型赤外線センサーで、このセンサー利用した運動量測定装置があります。人や動物などは周囲と温度が異なるため、赤外線で識別することが可能です。そのような熱源が移動すれば温度変化が起こるため、赤外線を測定するセンサーで変化が検出できます。人感センサーでは熱源すなわち人が近付いていることを識別しますが、運動量を測定する装置では近づいたり遠ざかったりする際の温度変化を検出してカウントし運動量の指標とします。センサーにより変化が識別できるエリアの広さや死角、変化をカウントする閾値などが異なるため、原理的には装置によって運動量データに違いが生じる可能性があります。現実的にはメーカー間の比較データなどはなく、運動量データの比較は同じ装置によるものを用いる方が無難です。また、センサーの設置位置や向きなどによってもデータに影響を与える可能性はあります。

 赤外線ビームセンサーと異なりネズミが横方向へ移動しなくても検出することが可能で、位置の移動を伴わないgrooming(毛づくろい)など四肢や顔の小さな動きも検出します。動きの大小を区別せず、一連の動きで1カウントを検出するため通常、運動量のカウントは移動距離と相関しません。あらゆる方向の微小な動きを検出することから無動状態の検出に適していて強制水泳試験などに使用されています。この装置による測定は、人の3次元加速度センサーによる測定に類似した活動量(activity)を測定していると考えることも可能で、飼育ケージに設置して消費エネルギーの研究等にも使用されています。

 センサーは通常、ケージの上部に設置しますが、センサーの計測可能なエリアは同心円状に広がるため測定するケージの広さを考慮して設置する高さを決めます。センサーと測定対象物(ネズミ)の間に障害物があると検出できなくなるため、ケージにふたが必要であれば金網のものを使用します。透明ケージでも障害となります。金網の上に餌を置くタイプのふたでは餌の下がセンサーの死角となることがあり、確認が必要です。通常、床敷きの撒き上げなどは影響しませんが、ケージ外の人の動きや照明など動物以外の熱源による温度変化が検出されることがあり注意が必要です(センサーの検出面が下向きでケージ内に設置されていればケージ外の動きを検出することはありません。)。

8-1-5 回転かご

Mouse Single Activity Wheel Chamber
写真はLafayette Instrumentより引用

 中に入って走る(歩く)ことによって回すことができるかごで、かごの回転数で運動量(走行距離)を測定します。通常、かごは飼育ケージの中に設置し、かごへの出入りは自由として測定するため自発的なかご回し運動の回数を測定します。マウスで回転数は暗期に多く明期に少ない典型的なサーカディアンリズムを示しますので、サーカディアンリズムの研究では運動量の測定に回転かごが多く用いられています。また、小さなケージ内ではネズミの移動距離が抑制されますが、かごを設置することにより長距離運動が可能となるため、自発的な運動を促進するために設置することもあります。運動するかしないかはネズミの自由なので個体によるばらつきが多く、群内の複数のネズミで運動量を同程度にそろえることは難しくなります。また、かごを回す以外の運動は把握できないため、総運動量はわかりません。

8-1-6 テレメトリー

 動物の体内にセンサーの付いた送信機を埋め込み受信ボードでセンサー信号を受けることにより無麻酔無拘束で経時的に体温、血圧、心拍、心電図、脳波などを測定する装置をテレメトリーといいます。テレメトリーはこれらのセンサーを利用することにより、通常拘束しなければ測定できない生理的なパラメーターを無拘束で測定するための装置で目的に合ったセンサーを体内の該当する部位に埋め込む手術をして利用しますが、これらのセンサーデータと同時に運動量が測定できます。送信機からの電波強度の変化で受信ボードからの距離を推定して運動量を測定するシステムです。送信機が高価で面倒な手術が必要となることから運動量の測定だけの目的では使用されません。また、小さな動物(マウス)では相対的に送信機が大きく(マウス用重量1.4 g、容積1.1 cc)、行動への影響も無視できないものと考えられます。

8-1-7 その他の測定方法

 歴史的にネズミの運動量自動測定装置はアニメックス(Animex)と呼ばれるもので静電容量の変化により運動量を検出する装置でした。測定前に感度の調節が必要で感度調節を含めた測定データの再現性を確保することが難しく、測定値の定義が理解しにくいことなどもあり、赤外線ビームセンサーによる測定装置が開発され使用されなくなりました。

 傾いたバケツ型のケージでネズミが床を動くと位置によりバケツの向きが変わり、そのたびに接点スイッチを押してカウントする装置で開発者にちなんで群大式アンビュロメーター(tilting cage)と呼ばれる装置があります。安価に運動量を測定する装置ですが、通常の飼育に用いないバケツ状の傾いたケージを用いることから、通常の飼育ケージで測定できる安価な赤外線ビームセンサーの普及で、この装置も使用されなくなりました。

8-2 摂餌量

 摂餌量は給餌した重量から残量を差し引くことで簡単に測定できるため1日1回程度の測定であれば、天秤を使用して簡単に手動で測定できます。しかし、摂餌時間や暗期に多く明期にほとんど摂取しない摂餌パターンを調べるなど経時的なデータ取得には自動測定装置が必要となります。摂餌量を測定するだけではなく摂餌制限のできる装置や飲水量を測定する装置、複数の餌を同時に与え選択試験ができる装置などについても以下に紹介します。

8-2-1 摂餌量測定装置

 餌残量を重量センサーでモニターして経時的にデータをPCに取り込み、残量の減少から摂餌量を測定する装置と、同じ大きさで球形の粒餌(ペレット)をペレットフィーダーで供給し供給量から摂餌量を測定する装置があります。後者はネズミが給餌口から餌をとったら新しい餌が供給されるようになっていますが、ペレットをすべて食べずに供給された次のペレットをかじることがあり、正確な摂餌量は測定できません。技術的な問題でペレットの大きさが決まってしまうため、特に1回の摂餌量が少ないマウスでペレットフィーダー方式は摂餌量の測定には不向きです。餌をとろうとする摂餌行動がリアルタイムで測定できるため、摂餌パターン(サーカディアンリズムを含む)の解析に用いられます。前者の重量センサー方式では、餌の残差をどの程度回収して食べ残しの重量が測定できるかにより、測定される摂餌量の正確さが変わります。また、ネズミが餌箱に接触して摂餌している間は重量が測定できないため、餌箱からネズミが離れた時に重量が測定され実際の摂餌時間より少し遅れて記録されます。

 餌の残差がケージ内に散らばってしまえば残差だけを自動で集めて測定することは不可能なため、測定装置では餌の残差が餌箱もしくは残差受けに留まるように工夫されています。それでも、餌の粉を顔などにつけてケージ内に持ち込みことを完全に防ぐことは不可能ですが、マウスの通常の摂餌量(1日数グラム)に比較すれば誤差レベルと考えて差し支えないと思われます。ただし、パイカ行動など摂取量が少ない場合では大きな問題となります。パイカ行動の測定では2個の重量センサーを装備した装置で摂餌量と同時にカオリンの摂取量を測定しますが、この装置は、ケージ内へのカオリン残差の持ち込みの問題でラット専用となっています(「6.催吐作用 6-2-2 ラット用自動測定装置」参照)。この装置では2種類の異なる餌を同時に与え、選択試験を行うことも可能です。

8-2-2 摂餌制限装置

 1日1回設定した重量の餌だけを計量して与えることによって1日の摂餌量を制限するなどの試験が手動で行われていますが、自動の給餌器を使用することにより、細かな摂餌制限が可能となります。自動給餌器では、あらかじめ計量してセットした餌を設定した時間に自動で給餌することにより摂餌制限が可能となりますが、電動シャッターの開閉でネズミの餌へのアクセスを制限することによって摂餌を制限する装置も市販されています(FDM)。この装置は重量センサーを備えていて摂餌時間と摂餌量の制限をしながら摂餌量の測定ができます。さらにこの装置では、複数の動物をペアにして対照群(control)の動物が食べた餌の量を測定して、翌日pair-fed群に同量の餌を与えペアとなる群の摂餌量をそろえる実験手法であるペアフィーディングの自動化も可能となっています。

8-2-3 飲水量測定装置

 飲水量も摂餌量と同様に残っている飲料水の重量計測や、給水瓶に目盛があれば体積でも測定可能です。また、自動測定装置では水が何滴落ちたかをセンサーでカウントすることによって、飲水量を測定する装置もあります。いずれにせよ、摂餌量と同じでこぼした量については計測できないため、ネズミがすべて飲んだと仮定した飲水量となります。

8-3 おわりに

 運動量、摂餌量、飲水量の測定はすべて一つの装置で1匹を測定することが基本で、通常、群飼いのネズミの個体を識別して測定することができません。近年、transponderと呼ばれるRFIDタグ(大きさ11.5×2.2 mm)をマウス皮下に埋め込んでタグ情報を読み取ること(自動改札のカードや回転ずしの皿のカウントなどに使われている近距離通信の技術)により個体を識別して行動を測定する装置が開発されています(IntelliCage)。ケージの四隅にタグの読み取りができるゲートがありマウスが近付くとタグ情報から個体を識別してゲートを開閉し、特定のマウスだけがゲートの中に入れる仕組みです。ゲート内ではオペラント反応に使用するノーズポーク(鼻を穴に入れる行為)の検出と報酬となる水、罰刺激となるエアパフ(圧縮空気)が供給される装置があり、複数のマウスで学習・記憶の測定ができるようになっています(1),(2),(3)

 IntelliCageはマウスの学習行動を測定する目的で開発された装置で摂餌量の測定はできませんが、将来、RFIDタグ識別による開閉ゲートと摂餌量測定装置を組み合わせて、集団飼育(群飼い)の中での各個体の摂餌量の測定や摂餌制限が可能となる装置が開発されるかもしれません。

参考文献

実践行動薬理学

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