4-1-1 T迷路(T maze)

 T字の形状をした3本armの迷路で長いarmの先端(T字の下端)からネズミが分岐点まで移動し、左右のarmのどちらかを選択して侵入する行動を観察します。通常、どちらかのarmの先端に分岐点のネズミからは見えないように餌が置いてあり、餌のあるarmに入れば正解、ないarmに入ればエラーとなりエラー数を数えます。チャンスレベル(偶然入る確率)でも50%は正解となるため、試行回数を増やしてチャンスレベルではなく正解していることを確認する必要があります。餌を報酬とするため、ラットあるいはマウスは摂餌制限をしておなかがすいた状態として試験します。

 遅延見本合わせでは餌のある片方のarmだけに入れるようにして行う見本試行の後に、遅延時間をおいて左右のarmが選択できる試験試行を行い、餌がある見本試行と同じarmに入れば正解となります。

 ネズミにとってT迷路でarmへの侵入は左右へ向きを変えるだけで、またT迷路は壁のあるarmを使用しているため迷路の中にいるマウスやラットは迷路の外の空間を見ることができないため、armを空間の中の場所として記憶している(空間学習)わけではありません。

4-1-2 Y迷路(Y maze)

 Y迷路は3本armでその意味ではT迷路と同様な試験に使用可能ですが、3本のarmをすべて同じ大きさにしてarm間の角度を120度としたY迷路がマウスの自発的交替行動(spontaneous alternation)の試験に用いられています。自発的交替行動はマウスが探索行動で自発的に異なるarmに入る性質を利用した試験方法で、既に入ったarmを記憶していることにより可能となる行動です。報酬や罰刺激を与えずに起こる自発的行動で測定できるため簡便で優れた方法です。実際の測定では、5乃至10分間程度マウスが3本のarmに入る順序を記録します。すべてのarmに侵入した回数と続けて3回異なるarmに入った回数(最少回数3回ですべてのarmに侵入した回数:交替行動数)を数え、交替行動数をarmの総侵入回数引く2で割った値を交替行動率として評価します。

4-1-3 高架式十字迷路(Elevated plus maze)

 高架式十字迷路は壁のある走行路(enclose arm)と壁のない走行路(open arm)が十字に交差している迷路で、通常"不安"の測定に使用しています。"不安"の測定では迷路の中央部(プラットフォーム)にマウスを置いてenclosed armとopen armの滞在時間と侵入回数を測定します。学習・記憶の測定では初日(獲得試行)に、open armの先端にマウスを先端側に向けて置きます。マウスはプラットフォームに向かって歩きenclosed armがあることを知り、このarmに入ります。マウスを先端に置いた時からどちらかのenclosed armに最初に入るまでの時間を測定します(獲得潜時)。その後、マウスは迷路から取り出し飼育ケージに戻します。翌日(24時間後)同様の手続きでenclosed armに入るまでの時間(再生潜時)を測定すると獲得潜時が再生潜時に比較して短縮していることがわかります。これは獲得試行でマウスがenclosed armの存在を知り、その記憶により再生試行(2日目の試行)では急いでenclosed armに移動する行動が認められるものと考えられます。このような手順により自発的交替行動と同様に、餌や電撃を使用せずに測定することが可能です。

4-1-4 八方向迷路(Radial 8-arms maze)

 放射状に8本伸びたarmの先端に餌を置き、プラットフォームに置いたラットもしくはマウスがarmに入る順番を記録します。摂餌制限でおなかのすいているネズミはarmの先端で餌を食べ次のarmに入ります。既に餌をとったarmに再び入れば、エラー(誤侵入)となります。最短で8回のarmへの侵入ですべての餌が食べられることになります。すべての餌を食べるまでを1試行として複数回の試行を行い(1日1回もしくは複数回)、armに侵入した回数(総侵入回数)とエラー数を数えます。総侵入回数は徐々に減少して8回となり、エラー数は0となります。八方向迷路では複数回の試行(trial)を行うことにより徐々に学習していく効果(学習曲線)を検出することが可能です。

 8本のarmのうち何本かのarmだけに餌を置いて、餌のないarmに入る回数をエラーとする測定方法もあります。その際に初めから餌のないarmとラット自身が餌をとって餌がなくなったarmは区別して数えることができます。餌のないarmの場所を試行間で共通とすれば、初めから餌のないarmの記憶は参照記憶(reference memory)となり、このarm入るエラー数は参照記憶の指標となります。試行内で餌をとったことにより餌がなくなったarmの記憶は試行内だけで有効な作業記憶(working memory)となり、一度餌をとったarmに再び入るエラー数は作業記憶の指標となります。初めから餌のないarmを4本とすれば、餌のあるarmに偶然入る確率(chance level)が50%となり、参照記憶の検出率は低下します。餌のあるarmの数を減らせば、chance levelは低下しますが、餌をとったarmへの誤侵入を指標とする作業記憶の検出率は低下します。それぞれの目的に合わせて餌のあるarmの数を設定する必要があります。

4-1-5 モリス水迷路(Morris water maze)

 水を張った円形のプールの水面直下にゴールとなるプラットフォームを置きプールの端からネズミを入れてゴールに到達するまでの時間を測ります。試行を繰り返すうちにネズミはゴールの位置を覚え、短時間でゴールに到達するようになります。ゴール到達までの遊泳時間を指標として学習・記憶を測定します。ラットやマウスは水に入れると自発的に泳ぎますので、餌報酬などは必要ありません。水中に入れられているストレスが電撃などと同様の罰刺激となりプラットフォームまでの遊泳行動のモチベーションとなります。プラットフォームへたどり着くと、泳がずに体の大半を水面の上に保つことが可能となり、遊泳のモチベーションとなります。遊泳の際にプラットフォームが見えていたらゴールの位置の記憶がなくてもたどりつけてしまうため、見えないように水面下に設置する必要があります。さらに、Morrisの論文ではミルクで水を乳白色に濁らせていますが、透明な水のままでも通常の遊泳(顔を上にあげた)ではラットやマウスに水面下にあるゴールは見えないようです。したがって、一定温度にした水道水をそのまま使用することが可能です。

 ゴールまでの到達時間は肉眼で観察しながらストップウォッチで計測可能ですが、プールの上部からカメラで撮影し画像をPCで解析することにより到達までの時間だけでなく到達までの遊泳距離も自動で測定し、遊泳の軌跡も表示するビデオトラッキングによる測定も実施されています。ビデオトラッキングは8方向迷路やY迷路など迷路学習一般で利用されていますが、水迷路では、肉眼観察では測定できない遊泳距離や奇跡の情報が得られる点で特に利用価値があります。ビデオトラッキングでは通常ネズミと背景の明るさの違いでネズミを認識してPCソフト上で追跡しますが、水迷路では水面の光の反射によりその他の迷路よりネズミの識別が難しくなります。そのためにネズミと異なる色の小さなビーズを浮かせたり、乳白色にして反射が抑えられる可能性もありますが、部屋の照明の方向などを工夫して水道水のままでトラッキングのパフォーマンスを改善できれば、より実験はやりやすくなります。抗うつ薬の評価に用いる強制水泳と同様に水温は遊泳のパフォーマンスに影響しますので、室温ですべての試行で一定とする必要があります。

 プラットフォームの位置は一定として、ネズミの入れる位置を変えながら一日一回もしくは複数回の試行を行いゴール到達までの遊泳時間(距離)を記録します。ネズミはプールの外の景色を認識してプラットフォームとの位置関係を空間記憶として覚えてゴールに到達します。数回の試行により学習が成立した後、プラットフォームを取り去り、円形プールを扇形に4分割して各エリアでネズミが泳ぐ時間を計測します。ゴール位置の記憶があれば、学習過程でプラットフォームのあったエリアで泳ぐ時間が長くなります。試行間で一定のゴールの位置は試行間で有効な参照記憶となり、毎回異なる位置からネズミを泳がせると泳ぎ初めとゴールの位置関係は試行内だけで有効な作業記憶となります。ネズミはプール外の景色により空間記憶を形成しますので、試行間で測定室の景色を変えないことが重要です。肉眼で観察するのであれば、試験者は毎回同じ位置に座るなどの細かい配慮が必要です。水迷路は迷路学習のモチベーションに摂餌制限が不要なため、比較的手掛けやすい方法ですが、マウス用であっても大きなプールサイズ(直径1m以上)のため大きな測定室が必要となります。

4-1-6 バーンズ迷路(Barnes maze)

 円形の周囲に等間隔で等サイズの穴が開いている形状をした円板(プラットフォーム)が高い位置に固定された迷路で穴の一箇所には円板の下部に暗い箱(逃避箱:escape box)が取り付けてあります。明るくオープンなスペースを嫌うネズミは、穴をのぞいているうちに隠れることができる壁のあるスペースの逃避箱を発見しその中に入ります。逃避箱にたどり着くまでの時間と逃避箱以外の穴をのぞいた回数(エラー数)を数えることによりMorris水迷路と同様に空間学習を評価することが可能です。

Barnes Maze for Mice
写真はLafayette Instrumentより引用

 プラットフォームは水迷路のプールと同様にかなり大きな(直径120 cm程度)ものですが、水迷路と異なりマウス用とラット用で同じサイズのプラットフォームが利用可能です。ただし、円板周囲の穴の大きさは異なりますので、ラット用は穴の数が少なくなります。水迷路では開始地点が円の周囲でゴールが中心部なので、開始地点を毎回変更することが可能ですが、Barnes迷路では開始地点が円の中心でゴールが周囲なので開始地点を変えることはできません。両者共にゴールの位置は学習過程で一定とし、ネズミが迷路の周囲の景色によって空間記憶を形成します。Barnes mazeでは1日に複数回の試行を行い、毎日迷路ごと回転させてゴールと景色の位置関係を変更することにより、前日の試行の記憶(参照記憶)が利用できない測定方法で評価することがあります。この際、同じ日の1回目の試行では前日の記憶は役に立ちませんが、2回目以降の試行では前回の試行の記憶(作業記憶)が有効となります。このようなやり方で毎日のゴール到達までの時間(潜時)とエラー数を平均した値で毎日の学習過程を評価します。また、1回目の試行の結果と2回目以降の結果の差から作業記憶の評価に用いることもあります(1)。空間学習が成立後に逃避箱がない状態で逃避箱のあった位置にどの程度とどまるかを測定するprobe testもMorris水迷路と同様に実施可能です(2)

Barnes Maze for Rats
写真はLafayette Instrumentより引用

 Morris水迷路と同様に空間学習の評価に用いますが、水を使わない点で使い勝手が良い評価方法です。逃避箱はネズミが穴を覗くまで見えないことが理想でそのために逃避箱以外の穴に偽の箱を付けた迷路もあります。高架式十字迷路と同様にマウス・ラットが明るくてオープンスペースを嫌う性質を利用して、学習行動のモチベーションとしています。逃避箱があることを知らない初めての試行時には、試行開始地点の中心部からあまり動かないネズミもいるため、初回は手でゴール地点まで導いてネズミに逃避箱の存在を知らせることにより迷路学習が促進できます。

4-2-1 オペラント学習

 オペラント(operant)は目的をもって自発的に行う行為ですが、通常実験的には自発的なレバー押し行動を指標として測定します。典型的な測定例としてはオペラントチャンバーと呼ばれるレバーを設置したケージで摂餌制限によりおなかのすいているラットがレバーを押すことによって餌が報酬として与えられる実験があります。レバー押しで餌がもらえることを学習してレバーを押す行動をオペラント行動といい、この学習をオペラント学習といいます。マウスではラット用のレバーが物理的に押せないため、レバー押しの代わりに鼻を穴の中に入れる(nose pork)行為でオペラント行動を測定する方法も工夫されました。現在ではマウス用の軽いレバーも開発され、マウスでもレバー押し行動が測定可能となっています。報酬(正強化刺激)として与えられる餌も丸い粒餌だけではなく、ミルクや砂糖水などの液体のものも使用されます。前者の供給装置はpellet dispenser、後者がliquid dispenserです。レバーを押すことによって、電撃を回避することを学習してレバー押し行動を促す罰刺激(負強化刺激)によるオペラント行動もあります。正強化でも餌報酬ではなくレバー押しにより依存性のある薬物が投与される自己投与もしくは、脳内の報酬系の神経系を電気的に刺激する自己刺激の試験もあります。

Modular Test Chamber
写真はLafayette Instrumentより引用

 オペラント学習は摂餌制限やレバー押しの学習など実験手続きは煩雑で時間がかかるものですが、レバー押しは偶然起こる反応ではなく目的のあるオペラント行動なので信頼性の高い結果を得ることが可能です。レバーを押すことはレバー押しと餌報酬の関係を学習した結果ですが、成立してしまえば単純な行動でそのままで学習・記憶の指標として使用するのは難しく、抗不安薬の測定に用いるGeller型抗コンフリクトテスト、報酬効果を測定する自己投与や自己刺激の試験、さらに薬物弁別試験などで使用されています。学習・記憶の試験では、ブザーやライトなどの条件刺激(conditioned stimulus)と組み合わせて特定の条件下でレバーを押すと餌がもらえる条件を学習させて(オペラント条件付け)評価しています。条件刺激に対する応答(レバー押しなど)によって得られる餌などの報酬(正強化刺激)や電撃などの罰刺激を無条件刺激(unconditioned stimulus)といいます。罰刺激が無条件刺激の場合は、レバーを押すと罰刺激が負荷されない条件でレバー押しを学習させます。レバーを押すことによって罰刺激を回避する行動を能動回避反応といい、場所を移動して電撃を回避するシャトルアボイダンスと同様に能動回避学習として学習・記憶の評価に用いられています。また、2レバーで後述する遅延見本合わせにより評価する方法もあります。

 オペラント条件付けでは条件刺激(ブザーとライトの点灯)のある際にレバーを押すと餌がもらえる条件で、条件刺激のない場合のレバー押し(誤応答)とある場合のレバー押し(正応答)、総レバー押し数、餌の獲得数を指標として行動を評価します。条件刺激のない場合のレバー押しを正応答とする試験や2レバーでどちらかのレバー押しだけを正応答とするスケジュールなど、条件刺激と餌供給の組み合わせで複数の試験スケジュールが設定できます。

4-2-2 受動回避学習(Passive avoidance response)

 行動しないことにより電撃を回避する学習で能動回避反応に対して受動回避反応(もしくは受動的回避反応)の学習をいいます。具体的には明暗二つの箱がつながったチャンバーの明箱にネズミを入れ、ドアを開けてネズミが暗箱に入ったときに床から電撃を加えます。ネズミが電撃のない明箱に戻ったところでドアを閉めネズミを取り出します(獲得試行)。翌日明箱にネズミを入れてドアを開けると電撃がなくても暗箱に行かず明箱に留まる行動が観察されます(再生試行)。暗箱に移動するまでの時間(潜時)を測定し、二日目の潜時(再生潜時)が初日の潜時(獲得潜時)に比較して十分延長していれば、学習・記憶が成立しているものと判定されます。通常再生試行では長時間観察しても暗箱に入らないため、入らない時のためのcut off timeを設定し300秒もしくは600秒で終了してその時間を再生潜時とします。この受動回避試験(passive avoidance test)はマウスやラットが明るい場所より暗い場所を好むために自発的に認められる暗箱への移動を利用する簡便な評価方法で、抗認知症薬のスクリーニングに用いられています。明暗箱のチャンバーを用いる方法をステップスルー型(step through type)といい、小さなプラットフォームから床に降りると電撃が負荷されるチャンバーを用いる方法をステップダウン型(step down type)といいます。ステップダウンはネズミが小さなプラットフォームに長時間留まっているのが難しく自発的に床に降りる行動を利用します。ステップダウンではプラットフォームに留まるのが難しいため、ステップスルー型に比較して再生潜時が短くなります。

4-2-3 能動回避学習(Active avoidance response)

 能動的に行動することにより電撃を回避する能動回避反応(能動的回避反応)の学習です。一般的にレバー押しによって電撃を回避する方法と場所を移動することにより電撃を回避する方法があります。後者は左右の二つの箱を行ったり来たりして回避する行動からシャトルアボイダンス(shuttle avoidance)と呼びます(シャトルは機織りの杼(ひ)で経糸の間に緯糸を通すために用いるものです。)。シャトルアボイダンスに使用するケージがシャトルケージで左右同じ大きさでつながった二つの箱からできています。左右にライトがあり床から電撃が負荷されます。条件刺激としてネズミがいる箱のライトを点灯し、さらにブザーを鳴らし、その条件刺激の提示中に反対側のケージに移動すると床からの電撃が回避できます。はじめは条件刺激の後に無条件刺激の電撃が負荷されることを知らないため電撃を受けてから隣の箱に移動する逃避行動を示しますが、試行を繰り返すうちに電撃が来る前に移動する回避行動ができるようになります。マウスやラットにとって場所を移動する行動は電撃の有無にかかわらず観察される行動で習得しやすいものと考えられます。レバー押しによるオペラント条件付けでは、レバーを押すようになるまでに時間がかかりますが、シャトルアボイダンスではすぐに逃避もしくは回避行動が認められます。学習・記憶の指標としては、回避のエラー数(条件刺激提示中に移動が起こらなかった数)を測定し、全移動数を運動量の指標とします。

 条件刺激及び無条件刺激(電撃)の提示や移動判定などを自動で行いエラー数を計測する測定装置が市販されており、装置があれば実験しやすい評価系といえます。箱の移動により評価するため学習・記憶への作用と無関係なネズミの運動能力によって回避行動が影響される可能性が高く、結果の解釈に注意が必要です。

4-3-1 味覚嫌悪学習(Taste aversion)

 砂糖水を舐めた後にLiClを腹腔内投与することにより砂糖水の嫌いなラットを作成することが可能です。砂糖水の甘味とLiClによる気持ち悪い感覚が条件づけられて、甘味を摂取しない行動が学習されます。甘味の提示が条件刺激、LiClの投与が無条件刺激で、この味覚嫌悪学習は1回の条件付けで成立します。味覚により食べ物を選別する行動が生物の生存に大変重要であるため、気持ち悪くなる食べ物は食べないという行動が容易に学習されるものと考えられます。条件刺激は甘味に限らずネズミが好む味(薄い塩味など)であれば測定可能で、無条件刺激としては一般にLiClが使用されますが、これに限ったわけではありません。

 味覚嫌悪学習は味の認識や学習にかかわる脳内神経系の研究などに用いられ、一般に抗認知症薬などの薬物の評価に用いることはありません。

4-3-2 恐怖条件付け(Fear conditioning)

 条件刺激の提示下で逃避不可能(inescapable)な電撃(無条件刺激)を受けることによって条件刺激の提示が恐怖となるもので、条件刺激と電撃の恐怖が結びつけて学習された結果起こる行動と考えられます。条件刺激としてはブザーとライトを用いる場合もありますが、これらを使用せず特定のチャンバーに入れると電撃が負荷されることによりチャンバーの環境と電撃を結びつける方法(contextual fear learning:文脈的恐怖)もあります。ラットもしくはマウスをチャンバーに閉じ込めてブザーを鳴らしてライトを点灯し、直後から一定時間電撃を与えます。その後飼育ケージに戻し一定時間後(翌日以降)、同じチャンバーに入れて電撃なしにブザーとライトで刺激し、恐怖を感じている程度をフリージングとして評価します。フリージング(freezing)は生命活動に必要な動き(息をする)以外の行動が見られないまったく動かない状態で、恐怖により惹起されると考えられます。フリージングは肉眼観察もしくはビデオトラッキングによるPCソフトの判定などで起こっている時間を評価します。運動量の測定装置で評価する方法もあります。Contextual fear learningではブザーやライトは使わずに条件付けの電撃負荷時と翌日以降の電撃のない再生時に同じチャンバーに入れるだけとなります。フリージングは学習の結果、恐怖の記憶が形成され起こる現象ですが、一般に味覚嫌悪学習と同様この測定系で学習・記憶改善効果を評価することはありません。むしろ、PTSD(Posttraumatic stress disorder:心的外傷後ストレス障害)など強いストレスによる障害のモデルとして利用されています。

4-4-1 遅延見本合わせ(Delayed matching to sample)

 見本刺激の提示後遅延時間をはさんで見本刺激と同じ選択をすれば正解とする試験方法で、ネズミ、サル、人で同じ手続きによる試験が可能な方法のためネズミによるモデルの人への外挿性の点で優れています。見本刺激と反対を選択すると正解とする手続きは遅延非見本合わせ(delayed nonmatching to sample)といいます。通常二者択一となりますので、ネズミではT字迷路や2レバーのオペラントチャンバーを使用します。T字迷路では初めに見本試行として餌のあるアームだけに入れるようにして餌をとりに行かせ、遅延時間後の再生試行ではどちらのアームにも入れる状態で見本試行と同じアームだけで餌が摂取できるようになります。2レバーオペラントでは、それぞれのレバーの上にライトがあり見本試行でライトが点灯しているレバーを押すと餌がもらえます。再生試行では両方のライトが点灯し、見本試行と同じレバーを押すと正解として餌がもらえます。いずれの手続きでも二者択一ではchance levelが50%となりますので、選択肢を増やして試験をする方法もありますが、学習は難しくなります。

4-4-2 薬物弁別(Drug discrimination)

 2レバーのオペラントチャンバーを使用して薬物の刺激とそれぞれのレバーを結びつけて学習させる試験方法で、味覚嫌悪学習のように薬物の刺激を記憶して成立する行動です。通常、はじめに摂餌制限をしたラットに餌報酬でレバー押しを学習させます。2個のレバー両方でレバー押しができるようになったところで、学習する薬物を投与して薬物が中枢刺激作用を発揮する時間(腹腔内投与で15分後、経口投与で30分後など)にレバー押しをさせます。その際に、どちらか片方のレバー押しだけで餌が与えられ、反対のレバー押しでは餌はもらえません。別の日に生理的食塩液(溶媒)を投与して同様にレバー押しをさせます。このときは前回と反対のレバー押しだけが餌を出すようにします。このようにして薬物が投与された場合と溶媒が投与された場合にそれぞれ異なるレバーを押すことが正解であると学習されます。薬物と溶媒の投与は2日毎に交替するスケジュール(double alternation)が一般的です。毎日交替のスケジュールではラットが薬物の刺激ではなく交替スケジュールを記憶して、前日と反対のレバーを押す行動をとる可能性があり、交替スケジュールが覚えられないとされているdouble alternationで訓練するのが一般的です。餌の出ない無効なレバーを押した回数がエラー数となり、有効なレバー押しに対する割合(あるいは全レバー押しに対する割合)として学習が評価できます。

 この訓練で学習(薬物弁別)が成立すれば、ラットが薬物の刺激を自覚できているということとなり、自覚効果の評価に用いられます。弁別が成立したラットを用いて訓練薬と異なる薬物を投与しどちらのレバーを押すかによって被験薬の刺激(自覚効果)が訓練薬と同等かどうかを評価します。ラットが訓練薬側のレバーを押せば被験薬の刺激が訓練薬に般化(generalize)したといいます。二者択一であれば、ラットが刺激を同じと判断したか、刺激の種類は異なるけど刺激のない溶媒とは違い刺激がある点で類似していると判断したかはわかりません。より深く検討する方法として二つの異なる刺激の薬物で訓練し弁別させる方法や、3レバーを用いて二つの薬物と溶媒で訓練する方法などもありますが、訓練に時間がかかり弁別が成立しないことも多くなります。このように薬物弁別は自覚効果(弁別効果)の評価に用いる手法で、一般的に学習・記憶の評価に用いることはありません。

4-4-3 物体認識(Object recognition)

 マウス・ラットは新規環境(ケージ)に入れると探索行動をします。時間経過により新規性が低下して探索行動が減少(馴化)するとともに、運動量は低下してきます。ケージ内に新規物体があれば物体に対する探索行動も認められます。物体を認識することにより新規性が低下すれば物体に対する探索行動も低下します。2個の物体をケージ内に置き探索行動をさせた後、1個の物体を新規のものに替えて探索行動をさせると、記憶により旧知物体に対する探索行動が新規物体に対するものより低下していることが観察されます。この物体に対する探索行動を指標として、学習・記憶を測定する方法がobject recognitionです。 具体的には、物体のないケージに馴化させた後、2個の同じ物体をケージ内で離して置きネズミをケージに入れて短時間(10分程度)物体への探索行動をさせます。それぞれの物体への探索行動(臭いを嗅ぐ、前肢で触れるなど)の時間を測定し、飼育ケージへ戻します。一定時間後(翌日など)に一つの物体を形状の異なる新規物体にして同様にネズミの探索行動の時間を測定します。両物体への探索時間の合計に対する新規物体に対する探索時間の割合を学習・記憶の指標とします。学習・記憶が障害されていれば、chance levelの50%に近くなり、物体に対する記憶があれば、50%より大きな値となります。初めの探索の際に2個の物体を同じものではなく異なるものにする方法もあります。その際には、物体に対する嗜好性で探索時間に大きな差が出ないようにする必要があります。物体の置場所により探索時間に差がないように群内で新規物体の置場所を均等に割り当てる必要があります。同じ物体で複数の動物の試験をする場合は探索行動により物体に付着した臭いが物体認識の手掛かりにならないように物体を十分ふき取った後、次の動物に使用する必要があります。通常、受動回避試験と同様に1回の獲得試行(物体に対する最初の探索行動)と、一定時間後の再生試行(1個を新規物体とした際の探索行動)により評価する簡便な方法ですが、物体認識をより確実なものにするために獲得試行の時間を長くする、あるいは繰り返すなどの方法もあります。物体の数を増やすことにより記憶の指標のchance levelが50%より低下しますが、通常、探索させる物体は2個で試験されています。物体を増やせばより広い測定ケージが必要になり、物体を十分探索させるためにはより長い時間が必要となることが考えられ、簡便な測定方法としては物体を2個で行うことが現実的とされているものと思います。

 物体の探索時間は肉眼観察もしくはビデオ撮影した映像の肉眼による解析で測定されます。

参考文献

実践行動薬理学

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