医療の進歩に伴い、救命できる脳疾患や外傷が増加し、皮肉なことにリハビリテーション(リハビリ)が増々必要となってきています。脳梗塞や交通事故などによる脳外傷で脳神経を損傷すると、障害の程度や部位によって、運動機能や会話などの障害、感情や学習・記憶などの障害いわゆる高次脳機能障害など、様々な後遺症が認められます。成人の運動神経は再生しないものと考えられていましたので、リハビリテーションにより残存する神経の補償が起こり、運動機能が回復するとされていました。近年では中枢神経の新生が報告され(1),(2)、残存神経の補償だけでなく損傷した神経系における神経新生も運動機能の回復のためのターゲットとなります。興味深いことに、脳梗塞モデルラット及び偽手術ラットで前肢を伸ばして粒餌(ペレット)をとるトレーニング(1週目は50個、2週目から100個)を40日間行ったところ、訓練していない対照群のラットと比較して歯状回での神経新生の増加が報告されています(3)。歯状回での神経新生が餌をとる前肢の機能の回復に関与しているかどうかは不明ですが、リハビリや神経新生を促進する薬物もしくは治療方法の研究開発のためには、動物モデルが必須です。

 運動機能の障害モデルはネズミの脳梗塞、脊髄損傷や頭部外傷など様々な処置により作成されますが、障害或いは回復の程度は以下に紹介するようなネズミの行動観察によって評価されます。

10-1 歩行解析

 足が不自由になり車椅子や杖をついての生活をしながらリハビリをしているという光景は想像しやすいでしょう。脳梗塞の後遺症として手足への障害が多く認められますが、ラットやマウスで四肢への障害は歩行動作に現れます。

 歩行解析は、足跡から歩幅等を解析する方法と横からの観察で足の動きを解析する方法があります。前者としては、足の裏に墨を塗り白い紙の上を歩かせて足跡を記録し解析する方法や、下からのビデオ撮影で動画を解析する方法があります。動画の解析では歩幅や接触面積などの静的な指標だけではなく、速度などの動的な指標も得られるようになっています。Noldus社のCatWalkというシステムは内部にLEDを照射した透明なガラス板の上をネズミに歩かせて、内部全反射の原理で接触面だけを光らせた足跡を、下からビデオ撮影した画像によりパソコンのソフトウェアで解析するシステムです。マウスの中大脳動脈結紮による脳虚血モデル(4)やラットの光感受性色素と光照射による脳塞栓(脳卒中)モデル(photothrombotic stroke model)(5)でCatWalkによる解析が報告されています。Mouse Specifics社のシステム(DigiGait)は透明なトレッドミル上でネズミを走らせ高速撮影したビデオ画像を直接解析します。

 横からの観察では、複数の固定したカメラで肢の動きを撮影するため、トレッドミル上でネズミを歩かせます。PCソフトウェアによる自動解析では、肢にマーカーをつけて画像を取り込みマーカーの位置を識別することにより関節の動きなどを解析することが可能です。人のモーションキャプチャーソフトによる歩行解析をネズミに応用したもので、小さなマウスでは難しく主にラットで実用化されています(6)。日本ではキッセイコムテック社のKinema Tracerという商品が販売されています。

10-2 階段テスト

Lafayette Staircase for Rats
写真はLafayette Instrumentより引用

 前肢の障害は四肢で歩くネズミの歩行にも影響を与えますが、前肢の機能だけを特異的に測定する方法があります。階段状の装置に一つずつ粒餌(ペレット)を置き、左右の前肢でそれぞれ捉えて摂取する機能を測定する方法です。粒餌は階段の上に置かれているため、手を伸ばす能力によりどの段に置かれた餌を摂取できるかが異なり、また、左右に置かれた餌は左右それぞれの前肢でしか取れないため、左右の前肢の機能を個別に測定することが可能です。この試験では、ラットやマウスが摂取した粒餌を数えるため、摂取する行動を促すための摂餌制限を加えます。また、脳梗塞などの障害を起こす前に階段装置での粒餌摂取の訓練を行い、摂取できるようになった動物を用いて脳障害を起こし、その後の障害の程度もしくは回復の程度を測定します(7)

 この試験は、左右の餌がそれぞれの前肢でしかつかまえられないことと、顔を突き出して直接口で摂取することができないことがポイントとなっています。したがって、ラット用とマウス用は装置の大きさが異なり、それぞれ測定できる動物の大きさが決まっています。

10-3 ロタロッド(Rotarod)

 ロタロッドはゆっくりと回る棒(円筒もしくは円柱)の上にマウスやラットを載せて、棒の上に留まれるかどうかを観察し、協調運動の障害を評価する方法です。ベンゾジアゼピンなど筋弛緩作用のある薬物の投与でロタロッドの障害が観察されます。回転速度を上げると正常動物でも落下するため、正常動物が一定時間留まれる程度の速さで試験します。その条件で、脳卒中モデルでは障害が検出されないと報告されています(5),(8)

10-4 梁歩行試験(Beam Walking Test)

Lafayette Beam for Rats
写真はLafayette Instrumentより引用

 ネズミを細長い梁の上で歩かせて足を踏み外すもしくは滑らせる(スリップ)回数を数える試験で、ラットでは、幅約15 o、マウスでは約7 o程度の梁を使います。梁は図のように徐々に細くなっているタイプのものもあります。梁はラットやマウスが床に降りてしまわない程度の高さの位置に置いて、歩かせます。先端にホームケージを置けばネズミを歩かせるモチベーションとなります。ラット(8)及びマウス(9)で脳障害モデルによるスリップの増加が観察されています。

 梁ではなく梯子の上を歩かせる試験方法もあります(7)

10-5 自発運動量

 運動機能に障害があれば、運動量や立ち上がり行動が減少したり、移動速度が低下することが考えられます。脊髄損傷モデルで移動速度の測定により障害と回復を評価できることが報告されています(10)。測定装置については、「8.運動量と摂餌量 8-1-3-2 SCANET」を参照してください。

10-6 おわりに

 運動機能は運動神経の障害だけではなく、筋弛緩など末梢の障害や痛みなどによっても低下しますので、ネズミの行動変化には様々な要因が関与する可能性があります。上記のように運動機能の障害は自発運動量を低下させることが考えられますが、Open fieldで測定する運動量は不安状態を反映していると考えることも可能です(1.抗不安薬 1-2-4 Marble burying test(ビー玉埋め法)参照)。四肢の筋弛緩があれば歩行解析や梁歩行試験でも障害が認められるものと予想されますが、筋弛緩が起こる用量のベンゾジアゼピンを投与すると強い鎮静作用により行動全般が抑制され、自発的な運動による解析は難しくなります。したがって、ロタロッド試験のように強制的に運動を促す測定方法が有効となります。このように、運動機能障害の種類に合わせて試験方法を選び、観察される行動について影響する可能性のある様々な要因について慎重に検討して、機能障害や回復を評価することが大切です。

参考文献

高次脳機能障害のリハビリがわかる本 (健康ライブラリー イラスト版)

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実践行動薬理学

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