最近、行動経済学がはやっているようです。簡単に言えば、人は経済合理的な思考と異なる行動をすることがあり、その行動に即して経済現象を解析する学問です。例えば、株価や通貨の下落場面で投げ売りする投資家の行動は経済合理性よりも心理学的に解析されるとのこと。「幸福のパラドックス」という興味深い話があります(1)。国民の幸福度(主観的)は生活水準(所得レベル)の改善にかかわらず一定であることを指し、日本だけではなく諸外国においても観察されているようです。行動経済学会第2回大会会長講演で大阪大学の筒井先生は「幸福のパラドックスは所得が増大しても幸福感は高くならないという現象であり、全ての経済活動が無駄であるという、受け入れがたい結論を示唆するように見える。」としながら、幸福のパラドックスを批判的に検討し、検証した結果を紹介しています。それによると、幸福のパラドックスは絶対的な所得水準よりも世間の所得水準との比較が幸福感に影響するという相対所得仮説と目標とする所得水準に達するとすぐにそのレベルに慣れて幸福を感じられなくなってしまうという順応仮説(所得水準が減少した場合も同様)によって説明されます。このように経済を心理学的に研究するのも行動経済学です。

 米国医師国家試験(United States Medical Licensing Examination: USMLE)にはBehavioral Sciences(行動科学)と呼ばれる項目があります。USMLE対策について述べられている留学生のブログなどによると、患者の言動から治療対象となる患者が抱えている問題を読み取り、適切に対処するための方策を見極め、行動変容を促す手法を学ぶ学問分野と思われます。患者の精神的問題は行動に現れ、行動の意味を理解することは治療方針を決定する重要なステップとなります。また、患者の不健康な行動を変化(行動変容)させることは生活習慣病をはじめとするさまざまな疾患の治療において欠くことのできない手段ですが、効果的に行動変容を促すためには行動変容ステージ(2)にあわせた心理学的なアプローチが有効です。

 このように、行動を対象とした学問は人間社会において起きている現象の原因を探るうえで、また社会変化を促す有効な手法の構築において、欠くことのできない学問です。

 多くの行動は心理状態を反映しています。楽しいときに笑い、悲しいときに泣き、怒れば声や表情に現れ、好きなものに近づき、嫌いなものは遠ざけようとします。人の心理学研究ではこのような行動の観察に加えて、「言葉」を使った心理状態の表現、解析が可能ですが、動物を用いる研究では行動観察が唯一の研究手法となります。また、動物の行動観察は、心理状態の研究だけではなく学習・記憶などの知的活動や、痛みや味覚などの感覚受容など脳が係わる活動の研究にも用いられています。次に、筆者が係わってきた行動薬理学について紹介します。

 行動薬理学は行動測定を用いて薬理学分野の研究を行う学問で、おもに動物(ネズミ)を用いて脳研究を行う手段として用いられています。薬の作用機序(なぜ効きくのか)を解明し、新しい有効で安全な薬物を開発することが薬理学の使命ですが、そのために動物実験は欠くことのできないものです。そして、脳に作用する薬物の効果を動物で評価する手段として行動観察は有効な手法で、行動薬理学がこの分野の重要な研究手段として発達してきています。例えば、精神疾患の治療に使用される薬物、抗不安薬、抗精神病薬、抗うつ薬などの薬効(有効性)評価に行動薬理学が用いられています。認知症の治療(学習・記憶障害の改善)を目指す新薬のスクリーニングや薬効評価に、抗がん剤治療で問題となる吐き気の抑制に有効な薬物(制吐剤)の評価にも、そして鎮痛薬のスクリーニングや評価にも使用されています。コカインやモルヒネ、アルコールやニコチンなど依存性のある物質の依存性の研究にも行動薬理学が有効です。さらに、対象物(食品など)に対する好き嫌いなどの嗜好性(強化効果もしくは報酬効果)の研究においても、依存性研究に用いられている行動薬理学の手法が用いられています。

 続いて、実際の測定手法について紹介します。

  1. 抗不安薬(2011年9月公開)
  2. 抗精神病薬(2011年9月公開)
  3. 抗うつ薬(2011年9月公開)
  4. 抗認知症薬(学習・記憶)(2011年10月公開)
  5. 鎮痛薬(2011年10月公開)
  6. 催吐作用(2011年10月公開)
  7. 依存性と嗜好性(2011年10月公開)
  8. 運動量と摂餌量(2011年10月公開)
  9. 強制運動(2011年12月公開)
  10. 運動機能障害(2011年12月公開)
  11. 実験機器メーカー(2012年4月公開)New

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