1-1 抗コンフリクトテスト

 従来、抗不安薬の作用は実験的に作成した葛藤状態(コンフリクト)を抑制する作用により評価していました。葛藤状態とは同時に起こる二つの相反する(正と負)状況の中で悩んでいる状態で、例えば、ケーキが食べたいけど太りたくない、虫歯の治療がしたいけど歯医者で痛いのは嫌だ、のどが痛くて飲み込みにくいけどおなかがすいたなど、自分にとってプラスになる(正)行動をすると好ましくない(負)の刺激も与えられる状況を指します。自分の不断の行動を考えると、人の行動の多くは何がしかのコンフリクトを乗り越えて起こっているということができます。実験的にネズミにコンフリクトを与える方法としては、おなかのすいているネズミに餌を食べると電撃が負荷されるという方法か、のどが渇いたネズミに水を飲むと電撃が与えられるという方法が用いられています。いずれも負の刺激(罰刺激)は電撃で、餌をとる、水を飲むという行動と同時に与えられます。摂餌や飲水行動の動機(モチベーション)はおなかがすいている、のどが渇いているというネズミの状態でこれは、絶食、絶水によってつくりだします。コンフリクトの試験で飲水は給水ノズルの先端を何回舐めたか(リック数)あるいは飲水量として直接測定しますが、摂餌はレバーを押すと粒餌(ペレット)もしくは液体の餌が提供される装置(オペラントチャンバー)でレバー押し回数や餌の供給数として測定されます。 GellerとSeifterが1960年にオペラントチャンバーを用いたコンフリクト実験を報告しました(1)。レバーを押すと液体の餌が提供される条件でレバー押しを訓練し、ブザーで警告している時間(警告期)はレバーを押すと餌と同時に電撃が負荷されるコンフリクト状態を設定すると、抗不安作用(抗コンフリクト作用)のあるバルビツレートが警告期のレバー押し回数を増加させることを報告しています。これが、後にGeller型抗コンフリクトテストと呼ばれる測定方法の最初の報告です。この実験では餌を食べたけど電撃は怖いという葛藤状態を抗不安薬が抑制するため、つまり電撃を受ける不安が減少しレバー押しが増加すると考えられます。この方法では、ラットにレバー押しをトレーニングするという手順を必要とし、短時間で簡単に測定することはできません。それに対して、Vogelらはトレーニングの必要のない行動として飲水行動を測定し、同時に電撃が与えられる条件下で抗不安薬による飲水行動(punished drinking)の増加を報告しました(2)。一般にVogel型コンフリクトテストと呼ばれる方法です。当時、レバー押しはラットで測定し、マウスでは困難とされていましたが、Vogel型ではマウスも測定可能であり、その点でのメリットもありました。現在では、マウスでも押すことができる軽いレバーやレバー押しの代わりに鼻を穴の中に入れる行為(nose poke)を検出する方法などが開発され、Geller型抗コンフリクトテストをマウスで行うことも可能です(3), (4)

 Geller型及びVogel型の抗コンフリクトテストで増加した摂餌や飲水の行動は本当に不安を抑制したことによる抗コンフリクト作用なのでしょうか?確かに葛藤によってこれらの行動が抑制されていたと仮定すれば、葛藤を抑制することによってこれらの行動は増加すると考えられますが、この実験的に設定した葛藤は抗不安作用以外でも抑制できることが考えられます。例えば、薬物に鎮痛作用があれば電撃の作用を感じず電撃負荷されることが葛藤とならないことも考えられます。しかし、鎮痛作用で電撃による痛みを感じないのは実際に電撃を受けるまでわからないため、鎮痛作用は警告期にレバーを押そうかやめようかという葛藤には影響しないものと考えられます。警告期に全くレバーを押さないGeller型抗コンフリクトテストではこのような考察から鎮痛作用は影響しないものと思われますが、電撃下での飲水行動がゼロではないVogel型抗コンフリクトテストでは多少の影響があるかもしれません。

 モチベーションの増加が葛藤により抑制された行動を増加させることも考えられます。おなかがすいているあるいはのどが渇いている程度が激しくなれば多少電撃を受けても我慢できずに摂餌、飲水をする可能性は十分考えられます。この点に関しては、測定した薬物がこのような作用を有していないことを別途検討する必要がありますが、もちろん摂餌及び飲水増加作用があっても抗不安作用がないとは言えません。また、レバー押しは非特異的な行動増加作用(興奮作用など)により増加することも考えられます。しかし、警告期のレバー押しを増加させても、レバーを押しても罰刺激のない安全期のレバー押しに影響していないデータがあれば、非特異的な作用ではないことがわかります。このように、行動薬理学では想定した行動に変化が見られた場合に、その行動に影響する因子は何かを徹底的に洗い出し、観察された結果が想定した作用に起因するものか慎重に考察することが大切です。諸条件を一定にした動物の実験においても観察される行動は複数の要因に支配されていて、つねに複眼的な見方で考察することが結果の解釈を間違えないうえで重要です。

 先のGellerとSeifterの論文(1)では、meprobamate, pentobarbital, phenobarbitalに警告期のレバー押しを増加させる作用があり、promazineとd-amphetamineには作用がないことを報告しています。臨床的にもしくはこれまでの動物実験で異なる作用が知られているいくつかの薬物、例えば抗不安薬と抗うつ薬、抗精神病薬、覚せい剤などの動物モデルでの作用を測定してそのモデルの特異性を検討する方法は、薬理学で一般的に行われます。脳に作用する薬物の中で抗不安薬だけが作用を発揮すれば、不安を測定している可能性は高くなりますが、これまでの考察と同様に、その薬物の有する作用が抗不安作用だけなのかどうか検討する必要があります。また、既存の薬物が有効なモデルで測定するとその薬物と類似した作用機序の薬物だけが陽性となり、異なる作用機序の薬物(つまりは画期的な新薬の候補物質)は陰性となる可能性があります。GellerやVogelの抗コンフリクトテストは、GABAA受容体複合体に作用するバルビツール酸誘導体やベンゾジアゼピン系抗不安薬にはよく反応し、その他の作用機序を持つ薬物では作用が検出されにくいといわれています。

1-2 新規環境下での探索行動による試験

 抗コンフリクトテストのように罰刺激を用いない測定方法も開発されています。人が不安を感じる状況と類似した環境で動物行動学的(ethological)にネズミが不安を感じると思われる環境を設定し、その環境に初めてネズミを置いた時の探索行動を観察する方法で、いくつか考案され不安の評価に用いられています。このような試験方法では、ネズミが新規環境下で探索行動をしたいという欲求と設定された環境による恐怖との間である種のコンフリクトにあると考えることも可能です。

1-2-1 高架式十字迷路

Lafayette高架式十字迷路
写真はLafayette Instrumentより引用

 平均台の上を歩くことは一般の人にとって大変怖いものです。おそらく、高くて不安定、捕まるところがない状況で移動することにより落下することに対する恐怖を感じているものと思います。ネズミに同様の環境を設定し、不安を測定する方法が高架式十字迷路法です。写真のように壁のある走行路(enclosed arm)と壁のない走行路(open arm)が十字に交差する迷路で床から高いところに設置します。壁のない走行路ではまさに平均台の上を歩くような恐怖を感じるものと想定され、通常ネズミはほとんどの時間をenclosed armで過ごし、たまにopen armに顔を出すという行動を見せます。Open armに出てきた回数(侵入回数)と滞在時間を測定することにより不安の程度を測定する方法です(5)。平均台のように壁のない走行路だけでなく壁のある走行路を合わせて設置したところがこのモデルの優れた点で、それによって滞在時間や侵入回数という客観的な数値で測定が可能となっています。ネズミはopen armで落下の恐怖を感じているものと考えられますので、open armの幅が広がれば落下の可能性が少なくなり、不安は減少するものと思われます(6)。当然、体のサイズが異なるマウスとラットでは迷路のサイズも異なるものを使用する必要があります。

 十字迷路ではenclosed armからopen armへの移動に必ず中央部分(プラットフォーム)を通ることになります。このプラットフォームではenclosed armの壁の端があるためにopen armの先端のような恐怖を感じていないことが推測されますが、プラットフォームでの滞在をどのように考慮するかという点で曖昧さが残ります。そこで、プラットフォームをなくしたのが"0"迷路です(7)。走行路は円になっていて4分割した2か所の走行路に壁が設置され、交互にopen armと enclosed armが配置されています。この迷路では滞在しているenclosed armからもう一つのenclosed arm に行くためには必ずopen armを通る必要があります。

 高架式十字迷路法の試験では指標は滞在時間と侵入回数なので、肉眼で観察しながらストップウォッチで測定することも可能です。その際の試験のコツは、測定者がネズミの測定室の環境の一部となり乱さないように努力することです(いつも同じ場所にすわり静かに観察する)。ビデオで撮影して、別室でビデオを見ながら測定することも可能ですし、PCソフトで自動判定するビデオトラッキングソフトも販売されております。また、迷路にセンサーを付けて位置判定をする測定装置もあります。装置による自動判定は測定の助けとなりますが、ネズミが迷路から落下する可能性があり(特にベンゾジアゼピン系抗不安薬などの投与時は頻発する)、測定中は必ずネズミを観察している必要があります。

1-2-2 Light/dark test

 人は真っ暗な闇の中では恐怖を感じ、明るいところを求めます。夜行性のネズミは暗期に活発に行動し、明期に行動が減少しますので、人とは逆に暗いところを好み明るいところで不安を感じるものと推測されます。このような観点から明るい箱と暗い箱がつながったケージ(明暗箱)を作成し、その中にネズミを入れたときの行動を観察して明箱及び暗箱の滞在時間と運動量、明箱と暗箱間の往来回数から不安を測定する方法がlight/dark test(明暗試験)です。オリジナルの論文は新規環境下での探索行動が多く認められるマウスで報告され(8)、多くがマウスで測定されています。ラットでの測定も報告されていますが(9)、装置が大きくなってしまうのが難点です。

 通常、自由に移動可能な明暗箱内でそれぞれの箱での滞在時間と運動量、明暗箱間の移動回数を測定します。抗不安薬の投与で明箱での探索行動が増加することにより明箱での滞在時間、運動量、明暗箱間の移動回数の増加が観察されます。また、不安を惹起する薬物でこれらの指標の減少も観察されます。明箱での滞在時間と明暗箱間の移動回数を指標として評価することも可能で、その意味では十字迷路と同様に肉眼観察も可能ですが、十字迷路上と異なりマウスの移動が速く正確な測定は困難です。したがって、運動量も同時に自動測定可能な装置を用いて計測するのが一般的です(10)

1-2-3 Social interaction test

 別々に飼育した2匹のネズミを同じケージ内に入れ、2匹が示す社会的行動(social interaction)を観察する方法です。知らない人と交流するのは勇気が必要で、不安を感じればなるべく避けようとするでしょう。しかし、抗不安薬で不安が減少すれば積極的に話しかけることが可能かもしれません。お酒を飲むと話がはずむのも、抗不安作用があるアルコールの作用が関与しています。ネズミでも抗不安薬の投与はsocial interactionの時間を増加させます(11)。ここで、ポイントは別々に飼育したそれぞれ互いに知らないネズミを用いる点と体重が同程度の2匹を使用する点です。知らない者同士という点は、交流に不安を感じさせるという意味で理解しやすいものと思いますが、体重が同程度というのは、交流をやりやすくし攻撃行動を誘発しにくくする工夫です。また、同じ意味でどちらかのネズミを飼育していたケージに別のネズミを入れることはしません。飼育していたケージに別のネズミを入れると、侵入者に縄張りを荒らされたことになり攻撃行動を誘発する原因となります。

 社会的行動としては臭い嗅ぎ、追尾、毛づくろいなどで通常、ビデオ撮影し観察しながらそれらの回数や時間を測定します。肉眼で行動判定を行う場合は判定の客観性を高めるために、観察者が薬物処置にブラインドで行うなどの工夫が必要です。Social interactionの測定の前に測定ケージに馴化するかしないか、また、明るさのレベルを調整することにより、social interaction以外の環境への不安を調節し、測定中のネズミの不安状態を変化させることが可能となります。

1-2-4 Marble burying test(ビー玉埋め法)

 ネズミが飼育ケージに入れた多数のビー玉を床敷きで埋めて隠そうとする行動(marble burying behavior)を観察する方法で強迫性障害(obsessive compulsive disorder)のモデルと考えられています。強迫性障害は不合理な行為を繰り返し行ってしまう障害で、ネズミにとって無害なビー玉を繰り返し覆い隠そうとする不合理な行為と類似しているものと考えられます。例えば、家の鍵を閉めた後、鍵がかかっていることを確認するために扉を開けようとする行為は多くの人が行っているものと思います。私も通常二回やりますが、一度や二度は通常の行為で、日常生活に支障をきたすこともありません。しかし、これが何十回も繰り返し、何十分も家から離れられないとなれば、生活に支障を感じるでしょう。また、外出先で何かに触ることで手が汚れていると考え帰宅時に手を洗う行為は合理的で公衆衛生上も推奨されますが、外で何かに触れるたびに不潔と感じて手を洗う、あるいは不潔と感じて触ることができなければ、生活に支障をきたすことでしょう。一般的に潔癖症などと言われますが、日常生活に支障が出る程度に激しくなり本人が困っていれば障害として治療の対象となります。これらの例では鍵をかけたかどうか心配、あるいは触ったものが不潔ではないかという不安など、いずれも何かの対象に対する不安が背景にあって、行為が繰り返されるものと考えられますが、残念ながら一般的な抗不安薬(ベンゾジアゼピン)は効きません。臨床的に抗うつ薬が有効とされていて、marble burying testでも作用が認められています(12)

 Marble burying behaviorはビー玉に対する不安を反映しているのでしょうか?Thomasらは10種類の近交系マウスでlight/dark testの明暗箱間の移動回数、open field testにおける全エリアに対する中央エリアでの移動距離の比と埋めたビー玉の数の相関を検討しています(13)。Open field testの指標はlight/dark testと同様に抗不安薬で増加し、ネズミはopen fieldで周辺よりも中央付近に不安を感じ中央付近での探索行動が少ないことから不安を評価する方法として使用されています。Thomasらの報告でもopen field testとlight/dark testでは正の相関を示すが、埋めたビー玉の数とは相関しないことから、marble burying behaviorは不安とは関係していないものと考察しています。さらに、marble burying behaviorは繰り返しても減少せず、ビー玉に馴れさせても低下しないことから、新規物質に対する恐怖(neophobia)も関係していないものと考えられます。興味深いことに彼らは、穴掘り行動(digging behavior)を同時に観察し、marble burying behaviorは穴掘り行動と相関すると述べています。ネズミの穴掘り行動は、巣穴を作るために行う生得的な行動とも考えられていますが、marble burying behaviorが穴掘り行動によるものとすれば、巣穴の作成が必要のない飼育環境下では無意味な行動で、強迫性障害の不合理な行動と類似しているのかもしれません。

1-3 おわりに

 ベンゾジアゼピンなどの抗不安薬は高用量で行動を抑制し、睡眠を惹起します。そのような用量では上記測定方法のすべてで目的の行動は消失し、測定不能となります。完全に消失する前の用量であっても、測定結果に影響していることが考えられます。目的の行動以外の行動観察などから、このような鎮静作用が現れていないかどうか考慮することが必要です。また、測定方法によっては、多少の鎮静作用にかかわらず検出されるものもあります(Geller型抗コンフリクトテストやlight/dark test)。繰り返しになりますが、多くの薬物は複数の作用を併せ持っていて、また異なる作用により同じ行動が出現することがありますので、結果を常に複眼的な視点で考察することが重要です。不安の測定方法について興味がある方は、少し古いものですが著者の総説もご覧ください(14)

参考文献

実践行動薬理学

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