認知症の中核症状は学習・記憶の障害で以前は"痴呆"と呼ばれていました。患者がメディアなどに登場し発言する機会が増え、認知症の種類、程度(軽症、重症)など様々であることが理解されて来るにつれ、何もかもわからなくなっているイメージの"痴呆"という言葉は不適切となり、現在の医学用語は認知症となりました。米国精神医学会の診断基準であるDSM-IV(精神疾患の診断・統計マニュアル)では大分類「せん妄、認知症、健忘及びその他の認知障害(Delirium, Dementia, and Amnestic and Other Cognitive Disorder)」の中の一つで、認知症としてはアルツハイマー型認知症、血管性認知症、HIV疾患による認知症、頭部外傷による認知症、パーキンソン病による認知症など11分類と病因が特定できない場合の特定不能の認知症が含まれています。認知症の診断基準は1)記憶障害と2)認知障害(失言、失行、失認、または実行機能の障害)の両方を発現していることで、認知障害の有無により健忘と鑑別され、障害が持続的であるかどうかでせん妄と区別されます。これらの障害はいずれにせよ「記憶障害(新しい情報を学習したり、以前に学習した情報を想起する能力の障害)」を中核症状としていますので、治療薬の開発には学習・記憶の評価が必須です。我々人間が学習することはいくつもありますが、ネズミ(マウス及びラット)の学習を人が評価する方法としては言語が利用できず行動で検出するため、そう多くはありません。ネズミの学習評価法としては「1. 場所を覚える、2. 行為を覚える、3. 刺激を覚える、4. 正しいものを選択させる」の4種類が主に使われています。1としては迷路学習が2としてはオペラントや回避学習、3としては味覚嫌悪学習、恐怖条件付けなど、4としては遅延見本合わせや薬物弁別などがあります。遅延見本合わせでは、正しいレバーを押す、あるいは正しい方向の走行路(アーム)に行くなど、正しい選択を場所や行為で評価していますし、その他の評価方法などでも、これらの学習が相互に関連していることもあります。実際の測定方法については研究者の創意工夫があり、迷路の種類や行為の種類、刺激の違いなどやそれらの組み合わせなどでいろいろな方法があります。また、何を覚えるかではなくどれだけの期間覚えているかという観点で測定する方法を作業記憶(試行内で有効な短期記憶)と参照記憶(試行間で有効な長期記憶)の測定に分けることもあります。

4-1 迷路学習

 迷路はアーム(arm)と呼ばれるネズミの走行路が中央のプラットフォームから伸びた形状のものとそのほかの形状のものがあります。複数のT字の壁を組み合わせて作成したパズルに出てくるような迷路もありますが、一般的にはあまり使用されません。

4-1-1 T迷路(T maze)
4-1-2 Y迷路(Y maze)
4-1-3 高架式十字迷路(Elevated plus maze)
4-1-4 八方向迷路(Radial 8-arms maze)
4-1-5 モリス水迷路(Morris water maze)
4-1-6 バーンズ迷路(Barnes maze)

4-2 行為の学習

 通常レバー押し行動として測定するオペラント学習や電撃を受けないようにする回避行動の学習(受動回避、能動回避)があります。特にマウスを用いる受動回避学習は簡便な測定方法としてスクリーニングに最も多く使用されています。

4-2-1 オペラント学習
4-2-2 受動回避学習(Passive avoidance response)
4-2-3 能動回避学習(Active avoidance response)

4-3 刺激の学習

 ネズミに学習をさせる刺激としては負強化刺激(罰刺激)として電撃を、正強化刺激(報酬)として餌を用いることが多いです。上記迷路学習や行為の学習では学習のモチベーション(動機づけ)として、餌か電撃を用いることが多いですが、水迷路では水からの逃避、高架式十字迷路やBarnes mazeではopen spaceでの恐怖からの逃避を用いています。また、味覚嫌悪学習や恐怖条件付けでは条件刺激と無条件刺激を用いますが、無条件刺激でLiClの投与による嫌悪感や電撃などの罰刺激を与えます。ネズミはある条件でこれらの罰刺激が負荷されることを学習します。

4-3-1 味覚嫌悪学習(Taste aversion)
4-3-2 恐怖条件付け(Fear conditioning)

4-4 選択学習

 迷路学習ではいくつかのarmから正しいarmへ入ることを選択するという意味では、多くが正しいarmを選択するという学習です。遅延時間の後に見本の刺激と同じ選択をすると正解となる遅延見本合わせ、あるいは見本と反対の選択をすると正解となる非遅延見本合わせの手続きは、T迷路を用いてarmを選択させるか2レバーのオペラントチャンバーで押すレバーを選択させます。薬物弁別でも通常はレバー押しが使用されます。

4-4-1 遅延見本合わせ(Delayed matching to sample)
4-4-2 薬物弁別(Drug discrimination)
4-4-3 物体認識(Object recognition)

4-5 おわりに

 ネズミの学習・記憶の評価は行動で行いますので、目的の行動が認められなければ学習・記憶障害と判定されがちです。例えば、受動回避学習では電撃を回避するために動かないことが記憶の指標ですが、薬物の効果を評価する際に鎮静作用のある薬物を投与すれば記憶にかかわりなく動かなくなりますし、興奮薬を投与すれば動きやすくなります。一般にマウスはよく動きラットはあまり動かないため、受動回避ではラットの方が学習・記憶の効果ありと出やすくなります。このように記憶・学習の評価にかかわらない要素で影響することが多いため、結果を慎重に判定するとともに、影響を少なくする試験方法を検討することも重要です。例えば、試験方法として一般行動に影響しない用量で薬物を評価することが考えられますが、上記の例では鎮静薬を能動回避学習で興奮薬を受動回避学習で評価すれば、薬物による作用が記憶の保持と判定される行動と反対の方向となり、それでも効果があれば学習・記憶を促進する効果があると判定しやすくなります。

 認知症に対する効果を検討するためには認知症のモデルとなる学習・記憶の障害動物を作成する必要があります。簡便な方法としてスコポラミン(scopolamine)という薬物をネズミに投与する方法が広く用いられていますが、臨床に近いモデルではラットの脳神経障害や特定遺伝子のノックアウトなどの遺伝子改変マウス、生得的に学習・記憶障害を示す老化促進マウスSAM(senescence accelerated mouse) P8などの特定の種(strain)を用いる方法などさまざまな方法が評価されています。これらの障害モデルが学習・記憶能だけを特異的に障害するということは難しく、他にも精神的身体的影響があらわれていることを考慮して学習・記憶の評価モデルを選択し結果を評価することが重要です。

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