生活習慣病という疾患概念がつくられ、肥満が治療すべき重大な疾患の一つとなっています。肥満治療の基本はエネルギー収支の安定、すなわち摂取エネルギー(カロリー)と消費エネルギーのバランスをとることです。摂取エネルギーよりも消費エネルギーが多ければ次第に痩せていき、摂取エネルギーが消費エネルギーよりも多ければ太っていくという単純な引き算です。しかし、摂取エネルギーが摂取した食べ物の量とイコールではなく、エネルギーの消費は運動量とイコールではないのが単純にはいかないところです。前者の違いを利用しているのが食餌療法(ダイエット)で、例えば、重量当たりのエネルギーが高い油脂を減らして、エネルギーになり難い繊維質を多く摂取することにより摂取重量が多くてもエネルギーの低い食事をとることが有効です。また、後者の違いとしては、運動だけではなく熱として消費されているエネルギーが注目されています。褐色脂肪組織(Brown adipose tissue: BAT)が産熱によりエネルギーを消費していますが、興味深いことに成人後のこの組織の減少がいわゆる中年太りの一因になっているとする研究もあります(1)。褐色脂肪組織(細胞)はマウスには多く存在し盛んに研究されていますが、人では乳児期に多く急激に減少して成人ではほとんど存在しないとされていましたが、先の論文ではPETを用いて成人でも産熱にかかわっていることを示しています。褐色脂肪細胞を刺激して熱産生を促進する食品成分や化合物の研究もおこなわれており、このような研究が進んでいくとBATの産熱によりエネルギーを消費するという戦略が実用化される可能性もあります。しかし、エネルギー消費の大半が運動であることは間違いなく、運動による消費エネルギーを増やすことは食餌療法と並ぶ肥満治療の根幹です。

 ネズミで運動を研究するためにはネズミに運動させる必要があります。自発的な運動を観察することも一つの研究手段ですが、自発運動では被験動物の運動量をそろえたり、運動強度を調整したりすることができません。そこで、ネズミに強制的に運動を負荷する方法が開発されています。強制運動は肥満研究などにおけるエネルギー消費のための運動だけではなく、スポーツ医学としての運動の研究や疲労の研究など幅広い分野で用いられています。

9-1 トレッドミル

 一定速度で回転するベルトの上で走らせる装置で、屋内運動施設で人が利用するトレッドミル(ルームランナー)と同じ原理です。人は自らの意志で走りますが、ネズミを自主的に走らせることは難しく、通常電撃を罰刺激として走らせます。すなわち、ベルトの後方に電撃が負荷される棒(電極)が並んでいる床があり、ネズミが走らずに回転するベルトから落ちると電極に触れて電撃がかかるようになっています。ネズミはこの電撃を嫌ってベルトの回転と反対方向(電極から遠ざかる方向)に向かって走ります。ベルトの回転速度によって走る速度が調整できます。走行時間と速度から走行距離も算出できます。運動強度を上げるために、ベルト(走行路)に角度をつけ上り坂に向かって走るようにすることも可能です。

 運動強度を上げるとラットやマウスは走るよりも電撃を受けている方が良いと判断して電極の上で動かなくなることがあります。疲労によって電撃に対する感受性が低下していることも考えられ、ネズミの様子を見ながら電撃強度を調整する必要があります。疲労困憊して電撃強度にかかわらず動けない場合や、尿や糞などで電極間が短絡され動物に電撃がかからなくなっている場合があります。状況に応じてベルトを止めて装置から取り出したり、電撃強度を変えたりする必要があり、よく観察しながら運動させる必要があります。トレッドミル装置には通常タイマーがあり設定時間で運動を止めることが可能ですが、長時間の実験でも無人で運動させずに必ずネズミの様子を観察しながら運動させるべきです。

 走行路のサイズが異なるラット用とマウス用の装置がありますが、ラット用の装置でマウスを走らせる場合もあります。その場合マウスにとっては走行路が長いため、マウスはベルトの先端まで一気に走りベルトに乗ったままで電極近くまで運ばれ、その後にまた走り出すという行動をすることがあります。走行路が短いもしくはベルトの移動速度が早ければ、そのような走り方は難しくなりますが、初めから行うとマウスがトレッドミルの走行を獲得できないことがあります。低速で低い電撃強度から始めてトレッドミル走行を訓練し、獲得されたのち、一定強度で一定時間の運動を負荷するのが通常の手順です。電撃強度はネズミを走らせるモチベーションとなる最小限とします。一度に複数のネズミを走らせることが可能な多連のトレッドミル装置がありますが、通常動物毎に速度や電撃強度を調整することはできません。また、複数の動物が一度に電撃を受けると電撃強度が低下する可能性がありますので、注意が必要です。

 トレッドミルは運動負荷が目的の装置ですが、疲労困憊で走られなくなるまでの時間を測定することによって運動能力を評価することもあります。また、運動中の代謝分析(呼気ガス分析)のため走行路をガスタイトな(密閉されて気体が外に漏れにくい)チャンバーとした装置もあります。人ではマスクをつけて呼気ガスを背中に背負った袋(ダグラスバッグ:Douglas bag)に集めながら走って呼気ガス分析に使いますが、ラットやマウスではトレッドミルチャンバーから呼気ガスを含むチャンバー内のガス全体を分析装置に導入して分析します。呼気ガス中の酸素と二酸化炭素の比(呼吸商)から脂質が燃焼したのか糖質(グリコーゲン)が燃焼したのかが推定できます。ラットやマウスの呼気ガス分析では、少ない呼気ガスがチャンバー内の大量の空気で希釈されたものを分析するため、感度の高い装置が必要となり、人の分析に使用するものより高感度で大変高額な装置が使用されます。

 ベルトの速度を遅くしてネズミを歩かせ、歩行解析に使用することもあります。ビデオ撮影して歩幅などの解析を行うため、側面から観察できる透明なチャンバーが必要です。

 罰刺激として電撃を用いず、圧縮空気(air blast)をあてる方法もありますが、不十分な際は電撃も併用されます(2)。オペラント行動の試験では罰刺激(負強化子)だけではなく餌などの報酬(正強化子)をモチベーションとした行動の強化がありますが、トレッドミル走行では実現していません。「馬の鼻面に人参をぶら下げて走らせる」とはたとえ話で使われますが、ネズミでこのような実験は難しいようです。罰刺激による強制運動は強いストレスであり、人が楽しく行うスポーツとしての運動とはかなり異なる生理的変化が起こっている可能性があります。ネズミの好きな匂いなどで誘引しながらトレッドミルで走らせることができれば、ネズミの新しい運動モデルとなるかもしれません。

9-2 流水プール

 抗うつ薬の評価系として強制水泳試験があります(3.抗うつ薬 3-1 強制水泳(Forced swimming)参照)。これは無動時間を測定するもので、ネズミは運動しないことが可能ですが、水槽の底の一端で吸引することにより表面から底に向かって流れる流水プールでマウスやラットを泳がせる試験方法があります(3)。ネズミは流れに逆らって泳がなければ沈んでしまうため、強制的に泳がせることができます。ネズミはトレーニングなしに泳ぐことができるため、すぐに強制運動を負荷できるメリットがありますが、泳げなくなって沈んだ際に引きあげなければ水死するため、よく観察しながら試験する必要があります。

 尾に重りをつけて水槽に入れることにより、泳がなければ浮いていられない状況にして強制的に水泳させる方法もありますが(4)、マウスの体重に合わせて重りを調節する手間がかかります。複数のマウスを同時に水槽に入れ、互いに争うことにより泳がせる簡便な方法もありますが(5)、マウスの個体によって運動量がばらつく可能性が高く強制運動としては使い難い方法です。

9-3 強制回転かご

 自発運動量の測定方法として回転かごの回転数を測定する方法がありますが、一定速度で回転するかごの中に入れて強制的に運動させる方法があります。強制回転かごとしては、回転かごにモーターつけた自由走行と強制回転の両方が可能なタイプと、複数のかごを同時に回転させる強制回転専用の装置の2種類があります。更に、サイズの異なるラット用とマウス用があります。

Mouse Forced Exercise (20 Wheels)
写真はLafayette Instrumentより引用

Mouse Motorized Running Wheel
写真はLafayette Instrumentより引用

 通常ネズミは回転に合わせてかごの中で走りますが、かごが回転しても走らずに、かごにつかまったままで回転することも可能です。従って、トレッドミルと異なり負荷する運動量は一定となりません。また、回転速度はトレッドミルのベルトの速度よりも遅く、強制運動の負荷よりも主にストレス負荷の目的で使用されている装置です。

9-4 おわりに

 日本語のダイエットは最近、食餌療法(英語のdietの意味)だけではなく一般に痩せる方法すべてを指す言葉としても使われ、その意味ではトレッドミルの運動もまさにダイエットとなります。ダイエットが国民的関心事となり、ネズミで研究するためには摂餌量や運動量の測定と合わせてトレッドミルなどの運動負荷が欠かせないものとなっています。

 最近、Fryerらは致死性の神経変性疾患である脊髄小脳失調症1型(SCA1)のモデルマウスに長期間マイルドなトレッドミル運動を負荷すると、生存期間が延長されることを報告しました(6)。運動は肥満治療だけではなく老化予防やリハビリなど、人の多くの病気治療や生活改善にかかわっており、動物実験の手段としてトレッドミルなどの強制運動は大変重要です。トレッドミルや流水プールでは、自発運動量の測定と異なり、ネズミに運動を強制的に負荷していることを自覚して、注意深く観察しながら試験すべきものと思います。

参考文献

実践行動薬理学

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